海苔生産者インタビュー 3
佐々木涼太さん(23歳 南生水産 4代目)
名人の跡を継ぐ23歳の若き海苔師
高校を卒業後、進学も他業界への就職も視野に入れず、海苔師として有名な叔父の佐々木成人(なりと)さんのもとで働き始めた涼太さん。現在6年目の若手海苔師の現在をおふたりに語ってもらいました。
叔父は“父ちゃん”。親の仕事を継ぐのは自然なこと
――ほかの仕事をせずにまっすぐ海苔の世界に入った理由はなんですか?
佐々木涼太さん(以下、涼太さん) 海苔の世界は三親等以内しか家業を継げないという決まりがあり、叔父の跡を継ぐことはもちろん可能なんですが、それ以前に僕の家は父親がおらず、叔父のことは「父ちゃん」と呼んでいる存在でした。家こそ別だけれど、叔父の仕事場である海も小屋も船も、ばあちゃんちも近いので仕事も間近で見ていました。
自営業で親の仕事を継ぐっていうのはここでは普通のことだから、僕も普通に継いだという感じです。「海苔をやりたい!」っていうよりも、「ゆくゆくやることになるのだから」と自然な流れでした。
――そのとき成人さんはどう思いましたか?
佐々木成人さん(以下、成人さん) 私のところは娘しかいないので、それはありがたいですよ。そもそも佐賀の海苔業界全体が人材不足なんです。後継者はもちろん、手伝ってくれる人も足りていない。いくら知識や技術があってもひとりではできない仕事ですから、人材の確保は切実な問題なのです。
私が30年ほど前に始めたころは、この南川副支所では200世帯くらいが海苔で生計を立てていましたが、今は120世帯ほど。毎年廃業は多いけれど、理由はやっぱり後継者問題ですね。
今度、涼太の弟も一緒に働いてくれるようになって、これもありがたい。それぞれに一本立ちするよりもふたりで兄弟協業を目指してほしいですね。海苔は共同作業が多いので、信頼関係があって息の合うパートナーほど大切なものはないから。
――涼太さんは実際働き始めみてどうですか?
涼太さん 全然違いました。最初は驚くことばっかり。高校生までは海に行ったこともないし、「種付け」って言葉も知らなくて、牡蠣殻から自然に網にくっつくんだと思ってましたから(笑)。海苔ができる仕組みを知らなかったから、一般と同じレベル。
そして、その種付けひとつで海苔の味が違うことにもびっくりしました。同じ海で同じ種類なのに、作る人によって味も硬さも違うんですよね。その違いも、それまで意識せずに食べていたから知らなくて、今はいろんな先輩の海苔を試食させてもらっては、おいしいのがあると「これは波はどうだったんですか?」「種の付け方は?」と養殖から加工まで聞きながら食べ比べしています。
――先輩との関係性が深いんですね。
成人さん 意外と親が子に詳しく教えるってことは少ないんです。本人が言うように、年が近い先輩から意見を貰うことが多い。ただ、その人たちは現場で一緒にいられるわけではないから、実際の場所では私が指示を出します。けれど、「なぜそうするか」まではそうそう教えられないので、まずは自分で考えて、さらに先輩に聞いてみるのがいいんでしょうね。
特に今は数世帯で仕事をするでしょう。うちも3軒で協業していますから、勝手に私が「涼太、任せるからやってみろ」っていうことができない。失敗の責任を負えませんから。全体を俯瞰で見ると協業だと、ちょっと伸びしろが抑えられてしまうんじゃないかという懸念はあります。
涼太さん 僕の場合の協業は、子供のころから一緒にいた人たちなので、僕がなにか言ってもちゃんと聞いてくれるし、教えてくれる喋りやすい環境なのでいいですけれど。もし人間関係が僕たちほどできてなくて言いにくかったら、飲み込んじゃうかもしれません。今の環境は恵まれています。
身をもって感じる温暖化の影響
――後継者問題とならんで、環境の変化も海苔の未来に深くかかわっていると思いますが、いかがですか?
涼太さん 6年しかやっていなくても感じますよ。1年目は慣れていないのもあったけれどとにかく寒くて、ジャンパーと機能性の肌着などを分厚く着込んでました。今はそういう肌着にジャージでも大丈夫。ここ数年は、耐えられないほどの寒さってなかったかもしれません。
成人さん 私が海苔を始めたころは10月1日が種付けのめどだったんですが、今は10日前にやることはないですね。海の世界は潮のサイクルで14日を1サイクルに考えるんですけれど、だいたい1サイクル分は後ろにずれてますね。少し前は10月の頭に種付けしてると「暑いな」って日があったんですけど、ずらしてからはない。今が適した感じなのだと思います。
栄養不足になる原因の赤潮も、以前は支柱を立てる9月くらいに来ることがあったのが、今では種付けから2週間後の育苗期にきたりする。これがすごく怖いですね。海流も川の流れも、海況すべてが変わってきてると思います。
――環境問題に関して、若いメンバー間で話し合うことはありますか?
涼太さん 今のところまだ具体的なことはないですね。ただ、環境保全のために、海の底を耕すような形の、農業に近いやり方で海苔を作れないかという話は出たりしています。
――海苔は農業に近いと言われていますもんね。
成人さん そうですね。海苔を廃業して畑をやると、上手にできるらしいですよ(笑)。
涼太さん 海苔は、海に出たら潮が変わる前に終えたいから一気に仕事が終わるでしょ。畑は朝から夕方までゆっくり長く働くから、海苔の方がいいかな(笑)。
「美味しい海苔」を作ることへの想い
――海苔自体はもちろん、加工も味に影響があるわけですよね。
成人さん もちろんです。悪い海苔がいい板海苔になることはありませんが、いい海苔が悪くなることはあるので、腕は必要ですよ。うちでは裁断・ミンチ、流し込みは機械でやるんですけれど、温度などによって落とし方の量といった判断は人間による仕事です。しかも、とれたその日に加工しなくちゃいけませんから、疲れてても加工までやらなくちゃいけない。
涼太さん 僕はまだ加工ややっていないんですが、乾燥だけでこんなに味が違ってくるのかとびっくりします。人が変わると味が変わるんです。最初は信じられませんでした。
――海苔作りは美味しくするための工程が多いのが特徴ですよね。涼太さんは海苔の「美味しさ」についてどう考えていますか?
涼太さん 意識して食べてみると海苔って本当に美味しい。個人的には柔らかい海苔(歯切れがよい)が好きで、理想的な口どけを目指してはいます。柔らかさ(歯切れのよさ)が、種付けから乾燥まで関係してくるんですから奥深いです。
――理想の海苔を作るためにしていることは?
涼太さん 仕事の経験を毎日積み重ねて、食べ比べて、味を覚える。その人その人の味があるので、その理由を聞いたり、自分で考えて工夫します。最初は違いがわからなかったんですが、わかるようになってきたので面白いです。
成人さん 私も「柔らかい(歯切れのよい)」「美味しい」を目指しています。少し考えがずれると金銭的なこだわりになりかねない。美味しい海苔には結果的に「味推*1」「有明海一番*2」といった評価が付くので、金銭もついてきます。水揚げで金銭をたくさん得ることを目指すより、味を優先して作りたいです。ただ、佐賀県全体で量産体制の傾向があるのも事実ですね。私は、平均よりも水揚げが少なくても、「美味しい」って言ってもらえる海苔を作り続けたいです。
海苔師になって6年目に思うこと
――6年目の今はいかがですか?
涼太さん この5年を振り返ると、やるべきことをただただ必死でこなしてました。言われたことをやるだけ。海から戻って先輩たちに「今日は〇〇をした」って言うと、理由を教えてくれたり、「うちなら違うやり方だけどなんでだろうな」って話になったりするんです。その会話を経験につなげるためには現場でちょっと質問をしたり、しっかり細部を見ておかないとダメ。気が抜けません。もう少しして自分なりの考えが出てきたらまた変わるかもしれませんが、今は理由がわかり始めて、素直に吸収できるのが面白いです。
――振り返ってみていちばん嬉しかったこと、楽しかったことはなんですか?
涼太さん 船を運転できるようになって、ひとりで海に出られるようになったのは嬉しいし、楽しいです。
あと、もちろん味のいい海苔が作れたときも嬉しい。最初の年、6箱を検査に出したうち5箱が「有明海一番*2」に選ばれたんです。当然のことかと思っていたけれど、その後そんなことはなく、今考えるとすごいことだったんだなぁと思います。
弟が入ってくれたことも、仕事の幅が広がりそうで嬉しいですね。
――逆につらかったことは?
涼太さん 3年目に、手伝ってくれていた方が体調を崩して来られなくなり、まだひよっこの僕と手伝ってくれはじめて1年目の友達とふたりで仕事をすることになってしまい……。ほぼ素人同士なので仕事は遅いし、トラブルばっかり。特にシーズンのはじまりはエンジンひとつ掛けるのも大変でした。思い出しても恐ろしい(笑)。
――将来はどんな海苔師になりたいですか?
涼太さん 一番を目指したいと思っています。「海苔なら南生水産」って言われるくらいの存在になりたいです。
――そうためにはどうなったらいいんでしょう。
涼太さん 海苔は、「毎年一年生」って言われるくらい、海況・天候などによって状況が変わる。どんなベテランでもその年が初めての年っていう意味なんです。
そういう状況で大事なのは、そのときそのときに正しい判断ができること。毎年ものすごいアップダウンがある中で絶対に全部正解というわけにはいかないし、それが正解かどうかすらわからない。その判断をするには今、毎日のひとつひとつの作業を丁寧にやって、経験を積み、覚えることが大切だと思います。
成人さん 「毎年一年生」は昔から海苔の世界で言われている言葉です。経験もそうですが、情報も重要です。「病気が出そうだ」と感じたら、少しでも早く対応できる。明日はもちろんのこと1週間後の天気の情報も仕入れておけば、今なにをすべきかに関わってくる。特にこれからは環境の変化も大きいでしょうし、涼太の世代には「正しい判断」のために経験と情報を積み上げていってほしいですね。
<まとめ>
海苔の世界は「毎年一年生」。同じ海、同じ種は二度とないということからきた言葉ですが、どんな社会でも言えることかもしれません。キツいと分かっていながら若くして海苔の世界に飛び込んだ涼太さんには、先輩たちも丁寧に教えたくなるのがよくわかるやる気とセンスがあります。人手不足の中で後継者となった涼太さんは、海苔業界の未来を背負っています。
<海苔師のお気に入り! 海苔の食べ方>
・なんといっても塩むすび。海苔の味がよくわかる
・焼いた餅に巻いて、醬油をちょっと
・端海苔に醬油をたらしてごはんに
<注>
*1味推(あじすい)は、佐賀有明海漁連の入札会で使用される等級の1つ。
特に味とくちどけを重視したもの
*2有明海一番は、佐賀漁連の入札会で使用される等級の1つ